2017-04-21_master_of_orion



ここ最近、昨年プレイ日記を書いた4Xストラテジーゲーム『Master of Orion』をちょいちょい遊んでいます。

主に新しい発見と実績のアンロックが目的で遊んでいるのですが、そのアンロック条件に「○○族で△△勝利を収める」といったものがありまして、それを達成するためには、人類以外の種族を使って遊ぶ必要があるわけです。

これがまた難儀なもので、まず自分が人類以外の異種族に感情移入することから始めないとモチベーションを維持できないので、どの種族を使うか非常に迷いました。

で、その結果、もっとも人類に関わりの近い存在である「猫」、ルシャン族を使ってプレイすることにし、人類との特徴の違いに苦しみつつも、なんとか多種族を抑え込み、勝利を掴み取ることができました。

Master of Orion
下図のグラフを見てもらえると分かりますが、ルシャン族の成長と繁栄は、序盤は非常になだらかです。

Master of Orion

それに比べて多種族は、ゲーム開始当初からいくつかの惑星を確保していたり、すでに戦艦を数隻保有して軍事面で有利に立っていたりするので、プレイヤーは必然的に数少ない植民地化した惑星で内政をやりくりしつつ、力を溜めるしかないわけです。

多種族の優位性はまあ、種族の特徴(あるいは特長)だからと受け入れるしかないでしょう。

こちらにも多種族より優っている部分は少なからずありますし、その利点を活かして戦い、そして最終的に宇宙の覇者になることがこのゲームの目的なのですから。


ただ、種族の利点云々はともかく、CPU(あるいはAI)が、非常に小賢しい場合は話が変わってきます。

CPUってなんだよ半導体かよ、という突っ込みに関しては、もうこれはゲーム業界の古い慣習なのでと言うしかありません。

CPUとはつまりCOM、「コンピューターの思考」という前提で話を進めます。


実は自分がルシャン族で勝利を収める前、初めてルシャン族でプレイした時は、昨年プレイ日記を書いたときに人類の天敵として立ちはだかった機械生命体メクラー族に技術勝利を奪われ、そこまで遊んだ数百ターンが水泡に帰していたのです。

Master of Orion

実績のアンロックが間近に迫っていたときに、何の通告もなく「メクラー族が勝利しました」と言われて、自分はしばし唖然としていました。

よりにもよってCPUが勝利を収めるなんて。


メクラー族はとにかく調整を間違ったかのような存在で、研究(技術勝利に関わる)で有利、繁殖(外交勝利に関わる)で有利と、この種族がゲームに参加した瞬間から勝機は薄いようなものでした。

これが使い慣れた人類だったらまだ戦いようはあったものの、初めて扱うルシャン族ではまだその特徴を活かしきれず、ようやく溜め込んだ戦力を投入して軍事的優位に立った時は、もはや手遅れだったのです。

十数時間にもわたるプレイをフイにされた自分はこの結果を受け入れられず、「このゲームもう二度とやらねー!」と心に誓いました。

その誓いはわずか数日後に翻意することで破られるのですが。


ここで「CPUはグッドルーザーであるべきか否か」という本題に入ります。

ゲームにおけるグッドルーザーとは何かというと、プレイヤーを苦しめつつも、最終的には敗北するよき好敵手、という立ち位置です。

この考え方は利己的というか、自分勝手という意見があるかも知れません。

極端な表現をすると、何しろCPUはプレイヤーにとにかく負けろと言っているようなものなのですから。


ただ、我々プレイヤーが遊んでいるのはあくまでもゲームであり、そのゲームでストレスを溜めるのはゲームの持つ本来の目的から逸脱するものだと思うのです。

というのも自分の持論として、「ゲームは楽しい時間を過ごすためのもの」と常々思っており、CPUがプレイヤーをあざ笑うかのように勝利をかっさらっていくのがしばしば起こるようだと面白くないわけです。

たとえば『ドラゴンクエスト3』で、勇者一行がコツコツとレベルを上げてきたにもかかわらず、大魔王ゾーマが圧倒的な力でプレイヤーを蹂躙し、世界を手中に収めてゲームが終了したとします。

それを「仕方ない」と受け入れられるかどうか? と問われたら自分は絶対にNOです。


世の中は広いので、中にはそういう結末で納得する方がいるかも知れません。

自分は少なくとも、自分の操作するキャラクターや勢力に対して感情移入するため、その彼らの行いが「正しい」と信じて疑いません。

よって、最終的に勝利を掴み取ることに尽力するのであって、ハナから負けることを念頭にゲームを進めていたら、遊んでいることの意味が分からなくなります。

対戦格闘やFPSなどのマルチプレイヤーゲームならともかく、1人用のRPGやストラテジーゲームなら尚更です。


ここまで書いていて我ながらもの凄いエゴイズムを感じますが、結局何が言いたいのかというと「CPUは局地的に勝ってもいいから、総合的(もしくは最終的)には負けてくれるグッドルーザーであってほしい」、ということです。


こんな考え方は危険でしょうか?

「難易度を下げろ」と言われるとそこまでなのですが……。






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